Dense2's Blog Weekly

~『週刊電説』【Just Another KissBlog】

★「終戦記念日」は、新たな”選挙戦”の始まり…!?

☆今日は、「終戦記念日」65周年に当たりますね…ということは、企業社会で言えば、「定年」【引退】を意識せざるを得ない年代に到達したというワケで、日本国も”次世代戦略“について真剣に考えなければイケナイ《峠の折り返し地点》に立っていることを、そろそろ強く自覚すべきなのかもしれません。そうでなくとも、今年2009年の夏は、”異常気象“+”天変地異“のダブルパンチ【冷夏と酷暑が混在する夏に台風と地震が同時に襲来など…】に見舞われているのですから、月末【8/30】の総選挙では、何とも言い難い歴史的転換点になる”波乱含みの展開“さえ予感させてくれます…

・八幡 和郎:『歴代総理の通信簿 - 間違いだらけの首相選び』〔PHP新書#413;2006-09-01〕

~またまた、辛口の八幡和郎氏の登場です。氏は滋賀県生まれで東大法学部卒業、フランス国立行政学院(ENA)留学後、通産省入省。その後、バリバリの官僚職などを歴任し、松下政経塾政経研究所特別研究員を経て現在、評論家・徳島文理大学大学院教授。主な著書に、『47都道府県の関が原』や『戦国大名 県別国盗り物語』など、地域に根ざした”戦記物・歴史物“には定評があります。この本では、氏独自の歴史観・戦史観・国家観などに基づいた一見厳しめの《歴代宰相通信簿》について、独特の評価を下しています…月末【8/30】の”衆院選“への何らかの参考になればと思いますね。

八幡和郎:『歴代総理の通信簿 - 間違いだらけの首相選び』〔PHP新書#413;2006-09-01〕画像

    = 歴代宰相史 =

  • 宰相前史:大政奉還から内閣発足まで〔約18年間:1867-1885〕
    • 幕藩体制(臨時に旧体制が存続):慶応3(1867)/10/14
    • 総裁・議定・参与制:慶応3(1867)/12/9
    • 輔相制:慶応4(1868)/閏4/21
    • 太政官制:明治2(1869)/7/8
  • 元勲たちの時代:初代伊藤博文内閣から第4次伊藤博文内閣まで〔約16年間:1885-1901〕
    • [1]第1次伊藤博文内閣:明治18(1885)/12/22-明治21(1888)04/30
    • [2]黒田清隆内閣:明治21(1888)/04/30-明治22(1889)/10/25
    • [3]第1次山県有朋内閣:明治22(1889)/12/24-明治24(1891)/05/06
    • [4]第1次松方正義内閣:明治24(1891)/05/06-明治25(1892)/08/08
    • 第2次伊藤博文内閣:明治25(1892)08/08-明治29(1896)08/31
    • 第2次松方正義内閣:明治29(1896)/09/18-明治31(1898)/01/12
    • 第3次伊藤博文内閣:明治31(1898)/01/12-明治31(1898)/06/30
    • [5]第1次大隈重信内閣:明治31(1898)/06/30-明治31(1898)/11/08
    • 第2次山県有朋内閣:明治31(1898)/11/08-明治33(1900)/10/19
    • 第4次伊藤博文内閣:明治33(1900)/10/19-明治34(1901)/05/10
  • 藩閥政治の時代:第1次桂太郎内閣から寺内正毅内閣まで〔約17年間:1901-1918〕
    • [6]第1次桂太郎内閣:明治34(1901)/06/02-明治39(1906)/01/07
    • [7]第1次西園寺公望内閣:明治39(1906)/01/07-明治41(1908)/07/14
    • 第2次桂太郎内閣:明治41(1908)/07/14-明治44(1911)/08/30
    • 第2次西園寺公望内閣:明治44(1911)/08/30-大正元(1912)/12/21
    • 第3次桂太郎内閣:大正元(1912)/12/21-大正2(1913)/02/20
    • [8]第1次山本権兵衛内閣:大正2(1913)/02/20-大正3(1914)/04/16
    • 第2次大隈重信内閣:大正3(1914)/04/16-大正5(1916)/10/09
    • [9]寺内正毅内閣:大正5(1916)/10/09-大正7(1918)/09/29
  • 政党内閣の誕生:原敬内閣から犬養毅内閣まで〔約14年間:1918-1933〕
    • [10]原敬内閣〔政友会〕:大正7(1918)/09/29-大正10(1921)/11/04
    • [11]高橋是清内閣〔政友会〕:大正10(1921)/11/13-大正11(1922)/06/12
    • [12]加藤友三郎内閣〔海軍〕:大正11(1922)/06/12-大正12(1923)/08/24
    • 第2次山本権兵衛内閣〔*関東大震災復興内閣〕:大正12(1923)/09/02-大正13(1924)/01/07
    • [13]清浦奎吾内閣〔*超然内閣(選挙管理内閣)〕:大正13(1924)/01/07-大正13(1924)/06/11
    • [14]加藤高明内閣〔憲政会〕:大正13(1924)/06/11-大正15(1926)/01/28
    • [15]第1次若槻礼次郎内閣〔憲政会〕:大正15(1926)/01/30-昭和2(1927)/04/20
    • [16]田中義一内閣〔政友会〕:昭和2(1927)/04/20-昭和4(1929)/07/02
    • [17]浜口雄幸内閣〔憲政会〕:昭和4(1929)/07/02-昭和6(1931)/04/14
    • 第2次若槻礼次郎内閣〔憲政会〕:昭和6(1931)/04/14-昭和6(1931)/12/13
    • [18]犬養毅内閣〔政友会〕:昭和6(1931)/12/13-昭和7(1932)/05/16
  • 軍人宰相の蹉跌:斎藤実内閣から鈴木貫太郎内閣まで〔約13年間:1932-1945〕
    • [19]斎藤実内閣〔海軍〕:昭和7(1932)/05/26-昭和9(1934)/07/08
    • [20]岡田啓介内閣〔海軍〕:昭和9(1934)/07/08-昭和11(1936)/03/09
    • [21]広田弘毅内閣〔外交官〕:昭和11(1936)/03/09-昭和12(1937)/02/02
    • [22]林銑十郎内閣〔陸軍〕:昭和12(1937)/02/02-昭和12(1937)/06/04
    • [23]第1次近衛文麿内閣〔五摂家筆頭格〕:昭和12(1937)/06/04-昭和14(1939)/01/05
    • [24]平沼騏一郎内閣〔元検事総長〕:昭和14(1939)01/05-昭和14(1939)/08/30
    • [25]阿部信行内閣〔陸軍〕:昭和14(1939)/08/30-昭和15(1940)/01/16
    • [26]米内光政内閣〔海軍〕:昭和15(1940)/01/16-昭和15(1940)/07/22
    • 第2~3次近衛文麿内閣〔五摂家筆頭格〕:昭和15(1940)/07/22-昭和16(1941)/10/18
    • [27]東条英機内閣〔陸軍〕:昭和16(1941)/10/18-昭和19(1944)/07/22
    • [28]小磯国昭内閣〔陸軍〕:昭和19(1944)/07/22-昭和20(1945)/04/07
    • [29]鈴木貫太郎内閣〔海軍〕:昭和20(1945)/04/07-昭和20(1945)/08/17
  • 戦前派の復活:東九邇宮稔彦内閣から岸信介内閣まで〔約15年間:1945-1960〕
    • [30]東九邇宮稔彦内閣〔皇族〕:昭和20(1945)/08/17-昭和20(1945)/10/09
    • [31]幣原喜重郎内閣〔外交官〕:昭和20(1945)/10/09-昭和21(1946)/05/22
    • [32]第1次吉田茂内閣〔外交官(自由党)〕:昭和21(1946)/05/22-昭和22(1947)/05/24
    • [33]片山哲内閣〔弁護士(社会党)〕:昭和22(1947)/05/24-昭和23(1948)/03/10
    • [34]芦田均内閣〔外交官(民主党)〕:昭和23(1948)/03/10-昭和23(1948)/10/15
    • 第2~5次吉田茂内閣〔民自党⇒自由党〕:昭和23(1948)/10/15-昭和29(1954)/12/10
    • [35]鳩山一郎内閣〔民主党⇒自民党(保守合同)〕:昭和29(1954)/12/10-昭和31(1956)/12/23
    • [36]石橋湛山内閣〔自民党〕:昭和31(1956)/12/23-昭和32(1957)/02/25
    • [37]第1~2次岸信介内閣〔自民党(石橋後継)〕:昭和32(1957)/02/25-昭和35(1960)/07/19
  • 戦後派の官僚と党人:池田勇人内閣から中曽根康弘内閣まで〔約27年間:1960-1987〕
    • [38]第1~3次池田勇人内閣〔自民党(吉田学校)〕:昭和35(1960)/07/19-昭和39(1964)/11/09
    • [39]佐藤栄作内閣〔自民党(吉田学校)〕:昭和39(1964)/11/09-昭和47(1972)/07/07
    • [40]第1~2次田中角栄内閣〔自民党(越後交通)〕:昭和47(1972)/07/07-昭和49(1974)/12/09
    • [41]三木武夫内閣〔自民党(党人派)〕:昭和49(1974)12/09-昭和51(1976)/12/24
    • [42]福田赳夫内閣〔自民党(大蔵省主計局)〕:昭和51(1976)/12/24-昭和53(1978)/12/07
    • [43]第1~2次大平正芳内閣〔自民党(池田内閣官房長官⇒宏池会)〕:昭和53(1978)/12/07-昭和55(1980)/06/12
    • [44]鈴木善幸内閣〔自民党(社会党⇒自民党総務会長)〕:昭和55(1980)/07/17-昭和57(1982)/11/27
    • [45]第1~3次中曽根康弘内閣〔自民党(内務省⇒海軍主計士官⇒内務省)〕:昭和57(1982)/11/27-昭和62(1987)/11/06
  • 地方政治家とジュニアの時代:竹下登内閣から麻生太郎内閣まで〔20年超:1987-2009〕
    • [46]竹下登内閣〔自民党(県議⇒竹下派・経世会)〕:昭和62(1987)/11/06-平成元(1989)/06/03
    • [47]宇野宗佑内閣〔自民党(県議⇒外相)〕:平成元(1989)/06/03-平成元(1989)/08/10
    • [48]第1~2次海部俊樹内閣〔自民党(三木派)〕:平成元(1989)/08/10-平成3(1991)/11/05
    • [49]宮沢喜一内閣〔自民党(大蔵官僚⇒宏池会)〕:平成3(1991)/11/05-平成5(1993)/08/09
    • [50]細川護煕内閣〔日本新党(近衛文麿の孫⇒上智大学⇒朝日新聞社⇒熊本県知事)〕:平成5(1993)/08/09-平成6(1994)/04/28
    • [51]羽田孜内閣〔自民党⇒新政党〕:平成6(1994)/04/28-平成6(1994)/06/30
    • [52]村山富市内閣〔社会党(「村山談話」;「住専処理」)〕:平成6(1994)/06/30-平成8(1996)/01/11
    • [53]第1~2次橋本龍太郎内閣〔自民党(経世会;厚生族)〕:平成8(1996)/01/11-平成10(1998)/07/30
    • [54]小渕恵三内閣〔自民党(経世会;「公明党」との連立)〕:平成10(1998)/07/30-平成12(2000)/04/05
    • [55]第1~2次森喜朗内閣〔自民党(森派)〕:平成12(2000)/04/05-平成13(2001)/04/26
    • [56]第1~3次小泉純一郎内閣〔自民党(森派;大蔵族・郵政族・厚生族)〕:平成13(2001)/04/26-平成18(2006)/09
    • [57]安倍晋三内閣〔自民党(森派・小泉後継禅譲内閣)〕:平成18(2006)/09-平成19(2007)/09
    • [58]福田康夫内閣〔自民党(森派・安倍後継禅譲内閣)〕:平成19(2007)/09-平成20(2008)/09
    • [59]麻生太郎内閣〔自民党(福田後継禅譲内閣)〕:平成20(2008)/09-平成21(2009)/07

2009年 8月 15日 Posted by | History, Politics, Tactics | , , , , , , , , , | コメントを残す

★データ・ストレージ技術で蘇る”黄泉の国”…!?

☆今日は全国的に「お盆」ですね…なので、お盆にふさわしい(!?)話題を。

~先週は、梅雨明けにも関わらずの”集中豪雨“と、お盆直前の台風通過に静岡県【駿河湾】内での”大地震“と災難続きでしたが、今年の異常気象も含め、何やら大きな波乱の前兆のような気がしてなりません。いろいろな意味で、ご自愛下さいませ。

・服部 真澄:『エクサバイト〔エクサバイト』〔角川書店;2008-01-31〕

~これは、”おぞましい“近未来小説です。初めに読んだ時は、ITがこのまま発展していけば多分こんな社会になっているんだろうなァ!?とのん気に考えていましたが、再読してみると、何とも形容し難い問題提起を含んでいることに気づき、愕然としました。【去年、いろいろな雑誌などの書評欄でも取り上げられていたのですが、ウッカリ忘れていました】

服部真澄:『エクサバイト』〔角川書店;2008-01-31〕画像

★神話や歴史は、間違いなく”正しい“ものなのか!?

  • 誰の心の中にもある、歴史に名を残したいという願望…
  • ~この小説に出て来るような、《ユニット》人生記録システム/メディア】があったら、誰もが、特に、”フェイマス“な人であればあるほど、歴史に名を留めたいという《自尊欲求》は強くなる…という”マズローの法則“を持ち出すまでもなく、人は、自己の生きた証を記録・保存したいと思うものらしい。そこに、”データ・ストレージ“技術と連動したこのサービスが生まれる余地がある…という

  • もしも、その死後100年の時を経て、死者の”記憶“が限りなくリアルに近い”記録として修復され蘇るとしたら…
  • ~まるで怪奇ミステリーのような話だが、現在のITの延長線上でなら、確かに、上述のことは実現不可能ではない気がしてくる…ただ、そこには、プライバシーの問題(死後)著作権の問題相続権の問題、それに、神話の編纂権歴史の編集権といった、複雑な問題が絡んでくることは否めない。文字通り、「死者に口なし」なのだから、故人の尊厳を保ちつつ、かつ、その係累に悪影響が及ぶことなく、《神話》【正史】を正しく”再構築“する…という作業は、絶望的なほどまでに困難なことでもあるかのように見える

  • アメリカの”愛国者法“と”個人情報保護“【プライバシー保護】との間に横たわる大きな溝
  • ~この小説を読んで真っ先に思い浮かべたのは、アメリカの”愛国者法“と”Google“の関係だった。愛国者法は、あの《911テロ》以後、国家に国民を監視する権利を認め、場合によっては”盗聴“もできるようにした。一方、Googleは、体良く言えば”検索エンジン“ではあるが、その実体は、ネチズンとしての”ネット市民“の活動履歴の監視役トレーサー】であると言えるのかもしれない。日本では、検索エンジンはYagoo!が好まれて使われているようだが、実は、Yahoo!の検索プログラムのコア部分はGoogleのものなのである。ということは、検索エンジンの80%以上のシェアを握っている…と言われるGoogleのデータ・サーバー【DB:データベース】には、私達日本人はもちろんのこと、ほぼ全世界のネット行動履歴がログとして記録・保存されるワケであり、これはあまり気持ちの良い状況ではないと言えなくはないだろうか!?私達は、ネットでの”利便性“と引き換えに、自己のネット活用上の”(データ的)特性“を無意識に提供していることとなり、だからこそ、”Amazon“とかからレコメンドという名のお勧めサービスなどを受けられるのだ…ということを忘れてはならない【利便性とプライバシー保護は”トレードオフ“の関係にあるのだから、もしも、プライバシーが暴かれることを恐れるのならば、現行のシステムでは、ネットは一切使わないという選択肢しか残されていないように見える】

※それでも、人々はネットを使うことを止めないのだろう…否、止められないのかもしれない!?今や、ネットやケータイのない世の中なんてあり得ない。それこそ、一般人がこぞって綴る”ブログ”でさえ、一種の《生前葬(の予約あるいは遺言)》と見なされ、その死後100年の時を経て、係累などの手によって新しい”秘史“【メモリアル墓標】として再構築されるということはアリなのかもしれない…

2009年 8月 13日 Posted by | History, IT-WEB | , , , , , , , , , , , , , , | コメントを残す

『SAPIO 2009-8/19・26合併号』にみる”失われた20年”…!?

今年で、小学館の『SAPIO』は創刊20周年なんだそうだ。今年は平成21年、だから、『SAPIO』は平成のニッポンと共に歩を進めてきたことになる。昭和天皇崩御と共に始まった平成元年から、私はこの『SAPIO』を折に触れて買い求めるようになった。当時、こういった雑誌は稀有な存在で、新鮮に映ったものだった。創刊後ほどなくしてバブルが弾け、日本人の視線がともすれば”内向き“になりがちな時代にあって、敢て、国際色豊かな情報を載せ続けたことは評価されてよいと思われる。やや”過激“な論調に傾く傾向が見られるにせよ、『SAPIO』は時代の忠実なクロニクルであり続けたと言える。この平成年間【特に、昨年の”リーマンショック以後】、様々な雑誌の廃刊・休刊が相次いだけれども、まだ生き残っているという事実は厳然としてある。それだけでもスゴイ快挙だ。

『SAPIO 2009-8/19・26号』〔#14;Vol.472〕大画像

※ヘタな論評を加えるより、歴史を単純に羅列したほうが良いと思われるので、下記に列挙します。

= 日本の”失われた20年“【平成年間】 =

  • 1989年(平成元年)
    • 1月:昭和天皇崩御、明仁親王即位→昭和から”平成“へ…
    • 2月:リクルート事件で江副副会長逮捕
    • 4月:消費税3%施行
    • 6月:宇野新内閣発足、天安門事件、美空ひばり死去
    • 11月:ベルリンの壁崩壊
    • 12月:日経平均株価最高値
  • 1990年(平成2年)
    • 1月:秋篠宮文仁親王と川嶋紀子さん婚約
    • 2月:衆院選で自民党が275議席を獲得し大勝
    • 3月:大蔵省、土地関連融資の総量規制
    • 6月:大型景気が史上2番目の長さに…
    • 8月:日銀が公定歩合を年率6%に引上げ
    • 10月:東西ドイツ統一、O-157で園児志望
    • 11月:天皇陛下、即位の礼
  • 1991年(平成3年)
    • 1月:湾岸戦争
    • 2月:皇太子殿下、立太子の礼。美浜原発、原子炉自動停止
    • 4月:新都庁舎、西新宿で開庁
    • 5月:東京・芝浦にジュリアナ東京オープン
    • 12月:ソ連邦崩壊
  • 1992年(平成4年)
    • 2月:バブル景気、終結
    • 3月:新幹線「のぞみ」号、運転開始
    • 6月:PKO協力法成立
    • 8月:バルセロナ五輪で、15歳の岩崎恭子が金メダル
    • 9月:毛利衛さん、日本人で初めてスペースシャトル「エンデバー」へ搭乗
    • 10月:天皇陛下、初の中国訪問
    • 11月:アメリカ大統領選挙→民主党が勝利
  • 1993年(平成5年)
    • 1月:クリントン大統領、就任【民主党政権】
    • 3月:江沢民、中国国家主席就任
    • 4月:天皇・皇后両陛下、歴代初の沖縄県訪問
    • 5月:サッカー、Jリーグ開幕
    • 6月:皇太子徳仁親王、大和田雅子さん結婚の儀。宮澤内閣の不信任案可決、衆議院解散
    • 7月:衆院選で”保守新党“大躍進、北海道南西沖地震
    • 8月:細川内閣発足、55年体制“崩壊、田中角栄元首相死去
  • 1994年(平成6年)
    • 4月:細川首相、辞意表明。社会党が連立内閣離脱。少数与党の羽田内閣発足
    • 6月:松本サリン事件自民・社会・さきがけの三党が村山富市を首班指名、村山内閣発足
    • 7月:金日成死去。向井千秋さんが日本人女性初の宇宙飛行
    • 9月:関西国際空港開港
    • 10月:北海道東方沖地震
  • 1995年(平成7年)
    • 1月:阪神・淡路大震災
    • 2月:野茂英雄、メジャーリーグ挑戦【ドジャース】
    • 3月:オウム真理教に強制捜査
    • 4月:東京都で青島幸男、大阪府で横山ノックのタレント知事がダブル誕生
    • 5月:麻原彰晃、逮捕
    • 8月:村山改造内閣、村山談話戦後初の銀行経営破綻
  • 1996年(平成8年)
    • 1月:村山首相退陣、橋本内閣発足。若田光一さんがスペースシャトル「エンデバー」へ搭乗
    • 2月:羽生善治が史上初、七冠達成
    • 4月:麻原被告、初公判三菱銀行と東京銀行が合併
    • 7月:大阪府で「O-157」集団食中毒発生
    • 9月:民主党“結成
    • 12月:ペルー日本大使公邸、人質事件
  • 1997年(平成9年)
    • 4月:消費税5%実施
    • 6月:神戸連続児童殺傷事件で、当時14歳の容疑者を逮捕
    • 7月:香港が100年ぶりに返還され、”中国香港“がスタート
    • 8月:ダイアナ妃が、壮絶事故死
    • 11月:北海道拓殖銀行“が経営破綻、”山一證券“が自主廃業
    • 12月:「京都議定書」採択。東京湾アクアライン開通
  • 1998年(平成10年)
    • 2月:長野冬季五輪開幕。自民党の新井将敬議員自殺
    • 4月:外国為替法改正、”金融ビッグバン
    • 6月:仏W杯で岡田ジャパン、全敗で1次リーグ敗退
    • 7月:参院選で自民大敗→橋本首相、辞意表明→小渕内閣発足、和歌山毒物カレー事件
    • 8月:北朝鮮のミサイル「テポドン」が三陸沖に着弾
    • 10月:和歌山毒物カレー事件で林真須美容疑者逮捕日本長期信用銀行が経営破綻
  • 1999年(平成11年)
    • 1月:自民・自由党連立の小渕第1次改造内閣発足。EU統一通貨「ユーロ」流通開始
    • 3月:日産“が”ルノー“と提携
    • 4月:石原東京都知事、誕生山口県光市母子殺害事件
    • 8月:トルコ大地震
    • 9月:東海村JOC、国内初の臨界事故
    • 12月:”2000年問題“が話題に…ミレニアム問題
  • 2000年(平成12年)
    • 2月:大阪府で太田房江知事就任
    • 4月:小渕首相倒れる→小渕内閣総辞職森喜朗、内閣総理大臣に
    • 6月:皇太后陛下、崩御
    • 7月:雪印乳業、集団食中毒事件二千円札発行
    • 9月:シドニー五輪で高橋尚子が金メダル
    • 10月:田中康夫が長野県知事に
  • 2001年(平成13年)
    • 1月:G・W・ブッシュ大統領就任【共和党政権】中央省庁再編
    • 2月:えひめ丸事件
    • 4月:森内閣退陣→小泉政権誕生
    • 6月:池田小、児童殺傷事件
    • 9月:911“、「アメリカ同時多発テロ」発生、日本初の狂牛病感染牛確認
  • 2002年(平成14年)
    • 1月:雪印食品、輸入牛肉偽装事件
    • 4月:ゆとり教育スタート
    • 5月:日韓共催W杯“開幕、トルシエ・ジャパン、”ベスト16“に
    • 7月:”郵政民営化関連法案“成立
    • 8月:”住基ネット“が稼動開始
    • 9月:小泉電撃訪朝“、北朝鮮が拉致認める
  • 2003年(平成15年)
    • 2月:北朝鮮、ミサイルを日本海へ発射
    • 3月:中国で”SARS“大流行米軍、”イラク侵攻“【テロとの戦い
    • 4月:郵政事業庁が日本郵政公社に。六本木ヒルズ、オープン。日経平均株価、1982年以来の安値:7,607円88銭
    • 6月:「有事法制」成立
    • 7月:北島康介、100m・200m平泳ぎで世界新記録樹立
    • 12月:米軍、”フセイン元大統領“、拘束
  • 2004年(平成16年)
    • 1月:山口県で”鳥インフルエンザ“発生
    • 2月:自衛隊本隊第1陣、イラクのサマーワへ派遣
    • 4月:政治家の”年金未納問題“、相次いで発覚
    • 5月:小泉首相、”再訪朝“で拉致被害者の家族5人が帰国
    • 8月:アテネ五輪開幕
    • 10月:新潟県中越大地震“発生
    • 11月:新紙幣発行
  • 2005年(平成17年)
    • 2月:「京都議定書」発効
    • 4月:JR福知山線脱線事故
    • 5月:北朝鮮、日本海へミサイル発射
    • 7月:野口聡一さん搭乗の「ディスカバリー」、打上げ成功
    • 8月:小泉首相、”郵政解散
    • 9月:郵政総選挙“→自民党圧勝
    • 10月:郵政民営化関連法案、(再)可決
  • 2006年(平成18年)
    • 1月:宮崎勉、死刑確定。日本郵政株式会社、発足。堀江貴文、逮捕
    • 2月:トリノ五輪で荒川静香が金メダル
    • 3月:堀江メール問題WBC“で王ジャパンが初代王者
    • 5月:構造計算書」偽造問題【”耐震偽装事件“】
    • 6月:村上世彰、逮捕
    • 9月:小泉内閣、総辞職安倍内閣、発足【第1次禅譲内閣、麻原彰晃、死刑確定
    • 12月:フセイン元大統領、死刑執行
  • 2007年(平成19年)
    • 1月:そのまんま東“【東国原英夫】が宮崎県知事に就任
    • 2月:第1回東京マラソン
    • 3月:東京ミッドタウン、開業
    • 5月:松岡利勝農水相、首吊り自殺
    • 7月:参議院議員通常選挙で民主党が大躍進
    • 9月:安倍内閣、総辞職福田内閣、発足【第2次禅譲内閣
  • 2008年(平成20年)
    • 1月:橋下徹“が大阪府知事に就任中国産毒入り餃子事件
    • 4月:山口県光市母子殺害事件に死刑判決
    • 5月:この頃から、無差別殺傷事件が連続して起きる
    • 6月:四川大地震“に続き、日本でも”岩手大地震“が…
    • 8月:北京五輪、福田首相、辞意表明
    • 9月:”リーマンショック→”金融危機“へ…福田内閣、総辞職麻生内閣、発足【第3次禅譲内閣
    • 11月:アメリカ大統領選挙→民主党が勝利
  • 2009年(平成21年)
    • 1月:”バラク・オバマ“氏が米国初の黒人大統領に就任【民主党政権】→アメリカの”チェンジ“(!?)
    • 2月:映画『おくりびと』がアカデミー賞最優秀外国語映画賞を受賞【引き続いて根強い”COOL Japan“ブームか!?】
    • 3月:森田健作“が千葉県知事に就任WBC“で原ジャパンが連覇
    • 4月:北朝鮮の”飛翔体“【ミサイル!?】発射騒動
    • 5月:小沢民主党代表、辞職鳩山由紀夫氏、新代表に就任
    • 6月:岡田ジャパン、”2010年南アW杯“へ世界最速で予選突破
    • 7月:東京都議選“で民主党圧勝衆議院解散【「追い込まれ解散」か「後の先解散」か!?】
    • ~以後、予定〔予測〕として…

    • 8月:衆議院選挙、投開票
    • 9月:首班指名→新内閣発足【「政権交代」か「政界再編」か!?】
    • 10月:2016年五輪開催都市決定
  • 2010年(平成22年)〔予定〕
    • 2月:バンクーバー五輪
    • 4月:国際宇宙ステーション完成、団塊世代の大量退職本格化
    • 6月:”南アフリカW杯“、開催
    • 7月:参議院議員通常選挙【新政権下でねじれ国会の解消なるか!?それとも、再びの「政界再編」などの呼び水となるか!?】
    • 10月:アメリカで中間選挙【オバマ大統領は信任されるか!?】

※ざーっと眺めただけでも、いかに人間とは「おなじことを繰り返すのか!?」ということが見て取れる。これこそ、《歴史は繰り返す》を地で行っているワケである。それも、およそ”十年周期“【あるいはまた、”一回り“の12年周期という説もあるが…】で。

  1. 概ね、「○○○9年」と「○○○0年」には大きな出来事は起こらず、「●●●1年」という”十年“【Decade】の最初の年《大事件》は起きていること【1991年の”湾岸戦争“と”ソ連邦崩壊“に、2001年の”911テロ“】。そうすると、次は”2011年“がヤバイ!ということになるが、この年には、《完全地デジ化》《情報通信法》の施行が控えている。一体、どうなることやら!?
  2. アメリカは、ほぼ”8年周期“で共和党政権【パパ・ブッシュ】→民主党政権【クリントン】→共和党政権【子ブッシュ】→民主党政権【バラク・オバマ】…と、規則正しい《政権交代》を繰り返して来ていて、現在はその4周目に当たるということ。私は、個人的には同世代だしオバマ大統領を応援したいが、その一期目は、前ブッシュ政権8年間の”尻拭い“に終始するかもしれない!?ということに危惧を抱いている。
  3. 翻って日本の場合、1993年に新党ブームで”細川連立政権“が成立して以降、純粋な非自民党政権は生まれていない。その意味では、政治の世界でも《失われた15年(20年)》と言えるのかもしれない。”二大政党制“が定着しているアメリカの事情は差し引くとしても、日本の場合、これほどまで同じような政体が長らく続いてきた…という事実は、異常なまでに奇異であること。ただ、アメリカのような”二大政党制“も日本にはしっくり来ない気がする。

★来る、”8/30(日)“の総選挙…今回ほど、投票に悩む選挙は初めてだ。
~何となく、ムードで”政権交代“が起きる…かのような報道がなされているが、4年前の”郵政解散・総選挙“の時とはワケが違う。この4年間で、日本では一層のブロードバンド化が進んだことはもちろんだけれども、何より、私たちは、昨年秋、プロが自ら仕掛け、将来の目測を見誤り自ら破綻したことに起因する《金融危機》を目の当たりにしたのだから。アレをみた後では、もう既に、「これから、一体誰を頼りにしたらよいのだろう?」と素朴な疑問を抱いても不思議ではない。各国のいわゆる”エスタブリッシュメント層“に対して抱いていた無垢の信頼までもが揮発してしまったのだから…。

☆そんな折、解散前に出版された、小林よしのり氏の『天皇論』〔小学館のムック、いわゆるマンガによる解説本〕が売れに売れている…という。考えてみれば、これは無理からぬ話だ。現代は、特に、日本では”精神的支柱“を失い、国家も国民もひたすら漂流し続けているような状況なのだから…アメリカみたいに、”黒人初の大統領“が強力なリーダーシップを発揮してくれる国と違い、日本では、二大政党が国民そっちのけで「解散する、解散しない」でモメているのだから、どこか歯車が狂い始めていると思わざるを得ない。はァー、難儀な時代になったもんどすなァ…

『天皇論』〔小林よしのり;小学館ムック;2009-08-15〕画像

~本音を言えば、自民党単独でも、民社党単独でも、政権を取って欲しくない。それは、両党の成り立ちを思い出してみれば当然のことで、マニフェストを見ても先鋭的な対立点は見当たらないし、両党共、財源の問題など方法論のみに終始し、《あるべき国家像》などを指し示せていないからだ。かと言って、国民のほうでも、先の『天皇論』が爆発的に売れていることが象徴するように、日本という国の”国体“や”政体“に関する正しい知識を持ち合わせないし、また、ちゃんと教えられて来なかった…そのツケが今頃回ってきているとも思える。私は、”小林よしのり“の狂信者では決して無いが、それでも、彼の著作にはちゃんと背骨が一本通った一貫性を感じてもいる。なので、月末にも控える選挙での投票を決めかねている人たち【自分も含めて】に向けて -
・小林よしのり:『日本を貶めた10人の売国政治家』〔幻冬舎新書〕
・小林よしのり:『世論という悪夢』〔小学館101新書〕
~政治家も世論も、”ポピュリズム“【大衆迎合主義】に陥りつつある世相に対し、鋭く警鐘を鳴らしているようでもあり、なかなかタイムリーな本だと感じた。あとは、これら情報を私たちがどう理解し、どんな投票行動に結び付けるか!?ひとえに、私たちの内なる”日本人力“にかかっている…と示唆しているように思えてならない。もうそろそろ、目を覚まさないとイケナイってか!?

2009年 8月 8日 Posted by | Economy, History, Politics | , , | コメントを残す

★移設予告!!★

☆平素は、この『週刊電説』をご覧いただき、誠にありがとうございます。 <(_ _)>

WP4JP.WPcom:『週刊WP』のPRバナー

※一部の読者からご要望がありましたので -

  • WP“【WordPress | ワードプレス】関連の「特集記事」
  • サッカー“【フォーメーション】関連の「コーナー」
  • 戦略論“【『孫子』 | 『呉子』】関連の「コーナー」
  • …などは、別ページに移設していく予定です。

]この『週刊電説』は、当初のスタイル、すなわち、《BLog》Book Log:「読後日記」】風に戻す予定ですので、ご了承下さい。

2009年 7月 15日 Posted by | History, IT-WEB, Politics, Soccer, Tactics, WordPress | , , , , , , , , , | コメントを残す

◎「関が原の戦い」布陣を現代のサッカー・フォーメーション風に解説すると…!?

☆今日は「七夕」の日…あいにくの梅雨空ですが、410年前に遡り、「関が原の戦い」に思いを馳せることにしてみましょう!!

★「関が原の戦い」は慶長5年9月15日(1600年10月21日)午前8時前に火蓋が切って落とされた…とされています。
~で、その時の東西両軍の布陣は、下記の通りだったとされています。〔Wikipediaより転載〕

Wikipediaに掲載の「関が原の戦い」布陣図

東軍 vs. 西軍:戦力比較

  • 東軍:10万4千人
    • 徳川家康〔大老格:総大将〕:30,000
    • 徳川秀忠〔大名格:上杉討伐軍→中仙道守備隊へ〕:
    • 浅野幸長〔大名格:後詰〕:6,500
    • 福島正則〔大名格:先鋒〕:6,000
    • 黒田長政〔大名格:先鋒〕:5,400
    • 細川忠興〔大名格:次鋒〕:5,000
    • 池田輝政〔中名格:後詰〕:4,500
    • 井伊直政〔中名格:次鋒〕:3,600 ← “本能寺の変“後、武田領を侵食した際、召抱えた武田家遺臣〔”赤備え“の井伊隊として名を馳せる〕
    • ~ココまでの主要7将で、”61,000“人
      ]下線を引いた大名・中名は、元々は豊臣恩顧であったことを示しています

  • 西軍:82,000人
    • 毛利秀元(輝元名代)〔大老格:総大将:右翼挟撃軍〕:15,000
    • 石田三成〔奉行格:司令官:左翼後詰〕:6,000
    • 宇喜多秀家〔中納言:左翼主力軍〕:17,000
    • 小早川秀秋〔大名格:右翼主力軍〕:15,000 ← この”小早川の寝返り“が戦況を一変させたことはあまりにも有名!!
    • 長宗我部盛親〔大名格:最右翼挟撃軍〕:6,600
    • 大谷吉継〔中名格:後詰〕:4,100 ← “らい病患者“であったにも関わらず、石田三成への”友愛“精神から西軍へ参戦!!
    • 小西行長〔中名格:左翼主力軍〕:4,100
    • 吉川広家〔中名格:右翼先鋒〕:4,000 ← 当初から、”東軍への内応組“であり、結果的に、毛利軍本隊の参戦を食い止めたことで有名!!
    • ~ココまでの主要7将で、”70,700“人【陣形でも人数でも東軍を凌駕していたのですが…】
      ]下線を引いた大名・中名は、元々は豊臣恩顧であったことを示しています

<若干の補足>《時代背景

  • 東軍の布陣:魚鱗の陣
    ~”逆V字形“の中央突破的な攻撃的隊形

    • この布陣は、”野戦を得意とする“家康が必勝を期してとった布陣
    • 三方を山に囲まれた地形を逆手に取り、東西にとても長い”香車的“陣形
    • 最前線の”先鋒“部隊には、豊臣恩顧福島正則黒田長政を配し、功を競わせる戦法に出た
  • 西軍の布陣:鶴翼の陣
    ~”鶴が翼を広げたように見える“ことから名付けられた布陣で、どちらかと言えば、迎え撃つ防御的隊形

    • この布陣は、”先に着陣“し山麓などの”高所“を押さえると断然”有利“となる
    • 先ず、北国街道を挟む笹尾山麓石田三成隊が少し引いて陣を張り、反対側の天満山麓島津隊・小西隊が最前線部隊として張り出し、南側の伊勢街道への押えとして松尾山麓宇喜多隊・小早川隊などの主力を割いた。【ココに主力の”半数“以上が結果的には終結してしまった…】さらに、東軍の退路である中仙道への後詰の備えとして、南東端の南宮山麓に総大将格の毛利隊長宗我部隊を配置、万全の包囲隊形を敷いた。
    • 南側の陣、すなわち、鶴翼の”右翼に当たる小早川隊毛利隊吉川隊も元々は毛利御三家 三本の矢であり、隣の長宗我部隊も合わせれば、秀吉が懐柔策で臣従させた西国大名ばかりである…という点で、陣形はアンバランスでもあった

☆さて、ここで、サッカーのフォーメーションと対比しやすいように、布陣図を右へ90度回転させてみましょう!!

Wikipedia掲載の「関が原の戦い」布陣図の縦置き解説図

= (現代サッカー風の)フォーメーション解説

  • 東軍のフォーメーション4-2-2-24-4-2
    • 最終ライン後詰】から最前線へ行くほど先細りする”クリスマス・ツリー“隊形
    • 最前線と最終ラインの間の距離が恐ろしいまでに開いてしまっている【”間延び“した隊形:縦長布陣】
    • 半面、最前線の”先鋒隊“は程良く密集しており、コミュニケーションはとりやすい
  • 西軍の布陣WWシステム
    • これは、サッカーで言えば、1925年の《オフサイドルール改定》時に、アーセナルが採用したMWシステム【3-2-2-3システム】に近い
    • オフェンス陣もディフェンス陣も”二段構え“でサイドを広く使いワイドに展開している
    • 陣(選手)間の距離がほぼ”等間隔“なので、コミュニケーションはとりやすい

実戦での戦評

  • サッカーのWMシステム3-2-2-3システム】に近い西軍の鶴翼の陣は、本来なら、攻撃時は二列目・三列目からどんどん選手が飛び出し分厚く攻めることができ、守備時は高い位置からどんどん敵を取り囲み包囲殲滅できる布陣の筈だった
    ~実際は、右翼主力軍の小早川隊が東軍へ寝返ったため、スグ隣の大谷隊はもちろんのこと、左翼主力軍の小西・島津隊までもが”側面攻撃“される形となり、鶴翼の陣形は自壊してしまった
  • また、右翼主力軍の小早川隊と南方の東南後詰軍の毛利・安国寺・長宗我部隊との距離が開き過ぎていたので、コミュニケーションはしっかりととれていなかった
    ~さらに、身内の吉川隊が主力軍の毛利隊下山を阻む陣取りをしていたため、結局、毛利隊は参戦できなかった。【また、四国の長宗我部隊は終始”日和見を決め込んでいた】
  • 一方の東軍…ブラジル並みの4-2-2-2(4-4-2)システムに近い魚鱗の陣は、実は、”中央突破“型の集団戦法、すなわち、”力攻め“のスタイルだった
    家康関が原の中仙道沿いのほぼ中央に”司令塔“然の本陣を堂々と敷けたのも、後詰山内一豊など東海道筋の豊臣恩顧の大名たちを事前の政治工作で味方につけていたことと、最も信頼する”西国大名“の池田輝政を、同じく西国大名の毛利・長宗我部隊と対峙させていたからである【政治的な”兵力分断“作戦…結局、南方戦線は”戦力の真空地帯“(日和見戦線)と化してしまい、サッカーで言えば、サイド攻撃が全く利かない状況に陥ってしまった】

★歴史に「もしも」はつきものだが、この状況で、西軍に唯一の”勝機“があったとすれば…
~それは、開戦直後の”最初の二時間“にしかなかったと思える。長引けば長引くほど、家康の”政治工作“が功を奏し、西軍の西国大名たちがどんどん寝返るか日和見を決め込むかした筈だからだ。ブラジル並みのFWを擁する血気盛んな福島隊黒田隊などを早々に叩き殲滅しておければ、良い条件での”講和“に持ち込むことくらいはできただろうに…とは思うのですが。【蛇足ながら、こうした西国大名、特に、この毛利御三家毛利小早川吉川】への戦後の冷遇(約束反故の”減封“)が西国大名たちの《忘れまじ、関が原》の風潮を生み、後の”明治維新“の原動力ともなった…という説もありますね。しかしながら、当時の西国大名たちは概して”日和見“主義であり、勝てた戦に勝利できなかった…という”勇気のなさ“と”戦局眼の欠如“のことも、決して忘れるべきではないと思うのです】

参考]海上 知明:『信玄の戦争 - 戦略論『孫子』の功罪』〔KKベストセラーズ;ベスト新書#124;2006-11-20〕

~これは、武田信玄が傾倒した戦略論:『孫子』と織田信長が(無意識に)援用したマキァベッリ:『君主論』の比較考察から、『孫子』の”限界“をあぶりだした本です。この中で、信玄が好んだ”鶴翼の陣“や信玄の宿敵:謙信が好んだ”車懸りの陣“、それに、軍神:山本勘助が編み出した”啄木鳥戦法“などの解説がとても詳細に記されていて、参考になります

『信玄の戦争 - 戦略論『孫子』の功罪』画像

2009年 7月 7日 Posted by | History, Soccer | , , , , , , | 1件のコメント

保護中: 『ルポ 米国発ブログ革命』とWP:SocialVibe Widget〔第一部〕

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2009年 6月 20日 Posted by | History, IT-WEB, WordPress | , , , , , , , | コメントを読むにはパスワードを入力してください。

保護中: 『ルポ 米国発ブログ革命』とWP:SocialVibe Widget〔第二部〕

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2009年 6月 20日 Posted by | History, IT-WEB, WordPress | , , , , , , , | コメントを読むにはパスワードを入力してください。

『ルポ 米国発ブログ革命』とWP:SocialVibe Widget

※今日は、先の大統領選でもダイナミックなウェーブとなったアメリカでの”ブログ革命“の様子と、その動きに歩調を合わせるように対応したWPの”SocialVibe Widget“について紹介しましょう!!【日本も近い将来”解散・総選挙“があるに違いないのですが、政治活動に対する日米の関与の盛り上がりの差はどこから来るのでしょうかね!?】

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2009年 6月 20日 Posted by | History, IT-WEB, WordPress | , , , , , , , | コメントを残す

保護中: 『物語 京都の歴史 - 花の都の二千年』

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2009年 6月 15日 Posted by | History, Kyoto | , , , , | コメントを読むにはパスワードを入力してください。

『物語 京都の歴史 - 花の都の二千年』

※今日は亡き父の”祥月命日“です。京都の菩提寺に父が眠るようになって以来、京都は、私にとって《観光と墓参を兼ねた場所》に変わりました。そんな時、この本や京都のMKタクシーのハイヤー運転手さんがマトメたガイドブックがあるので、紹介しますね。

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2009年 6月 15日 Posted by | History, Kyoto | , , , , | コメントを残す